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大阪高等裁判所 昭和60年(う)432号 判決 1986年1月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月及び罰金一億円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人片山善夫、同西本義孝各作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官川瀬義弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、いずれも原判決の量刑不当を主張し、懲役刑の執行を猶予されたいというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して案ずるに、本件は、医師であり、小島病院及び聖ハンナ病院のほか二医院を経営する被告人が、医業による所得の一部を秘匿して所得税を免れようと企て、診療収入等の一部除外、架空の薬品衛生材料費等の計上などの方法により、実際所得を過少に計上したうえ、昭和五五年分から同五七年分までの三年分の各所得税につき、いずれも虚偽過少の確定申告をなし、右三年分で合計六億六三七九万八九〇〇円の所得税を免れたという事案であつて、その逋脱合計額は六億六千万円余に上り、この種事犯としては極めて巨額であり、各年分の逋脱率も約七五パーセント、約八三パーセント、約八六パーセントと順次上昇しており、いずれも高率である。

そしてその犯行態様は、原判決が説示するように、被告人自身が診療収入の一部を除外する方法によつたほか、輩下の総務部長得丸秀幸に指示して、付添料収入等を除外させ、或いは薬品衛生材料費、外注費、給食材料費について架空の仕入を計上させたり、給料賃金について架空経費を計上させるなどの方法によつて所得の一部を秘匿したものであり、とりわけ、右所得秘匿の主たる方法は現金仕入を装つた巨額に上る架空の薬品仕入の計上であるが、被告人は右不正手段を診療収入の一部除外とともに相当以前から行つており、ことに昭和五四年一〇月には国税当局の調査を受けた際、聖ハンナ病院の収入除外、仮名による株式取引等の事実が発覚したほか、多額に上る架空の薬品仕入の点を追及されたが、これを現金取引であると強弁してそれが容認されたことを奇貨とし、その頃から病院事務長に対し、将来とも薬品の架空仕入を主体とする裏金作りをするよう指示していたものであり、しかも、本件所得秘匿の主たる方法である右薬品衛生材料費の架空仕入の計上に当つては、予め薬品会社名のゴム印を調達し、仮装の第三者の納品書や領収証書を作成するなどの方法を用いているのであつて、犯行態様が悪質である。

更に、本件犯行の動機をみるに、本件は高額所得者に対する高率の累進課税を回避、免脱して、被告人の個人的な利殖、蓄財を図る意図等に出た犯行と認められるのであり、現に本件逋脱による金は、その大半が株式取引、錦鯉の養魚事業、ハワイにおける不動産や絵画の取得など、専ら被告人個人の蓄財、利殖等に投入されているのである。

所論は、被告人が本件事犯を犯すについては、前記小島病院等を医療法人化するための資金作りという配慮もあつたというが、かかる理由自体、脱税を正当化するには程遠いものであるうえ、被告人は、国税当局の査察調査段階、検察官による取調段階を通じ、本件脱税の動機等にふれ、それが「正直に申告すると国税、地方税を合わせて九三パーセントもの税金を徴収されるのが馬鹿らしかつた」ことにある旨繰返し供述していることや、前記の逋脱金の使途状況等に徴すると、前説示のとおり、本件が多額の納税の回避と個人的な利殖、蓄財等の意図に出た犯行であることは明らかであるといわなければならない。

以上みてきたような、本件事犯の罪質、税逋脱の規模、逋脱回数とその継続性、逋脱のための不正手段の態様、脱税の動機ないし意図等にかんがみると、被告人の刑責は重いものというべく、被告人を懲役一年六月及び罰金一億三〇〇〇万円に処した原判決の量刑も、あながち首肯しえないでもないように考えられる。

しかし、他方、次のような被告人のため斟酌すべき事情が認められる。

すなわち、先ず、被告人は、原審における審理の終盤段階に至つて、従前その相当部分が未納付の状態にあつた本件逋脱にかかる所得税及び加算税の納付に努め、その結果、原判決言渡前において、金融機関からの借入等の方法により、本件三年分の所得税につき、本税分として四億三九〇一万余円、加算税分として一億九八一四万余円の合計六億三七一六万余円を納付して右両税を完納し、なお右本件逋脱にかかる年分のほか昭和五四年分の修正申告に伴う所得税の本税及び加算税、同年分から昭和五七年分までの住民税、事業税を完納しており、これらを含めると、被告人は本件起訴後原判決言渡前までに総計一〇億八三七一万余円の諸税を完納して反省の情を示していること、なお、原判決後の事情ではあるが、当審における事実取調の結果によると、被告人は昭和五四年分ないし同五七年分の所得税の延滞税合計一億九九二二万余円のうちの未納分一億三〇三六万余円について、分納により昭和六〇年四月以降毎月五〇〇万円宛を約定通り納付していることが認められる。その他、被告人は国税当局による本件査察の初期には不正事実を否定していたが、途中からは脱税の事実を卒直に認めて事案解明に協力的態度を示し、本捜査段階においてはもとより、公判段階においても終始全面的に自己の非を認めるとともに、医師及び病院経営者としての職責を改めて自覚し、将来とも老人医療に専念したい旨決意を披瀝していること等が認められるのである。

以上のような被告人に有利な情状に加えて、多額の債務を負う被告人が服役することによつて、被告人の個人経営にかかる病院等(約一〇〇名を越える従業員等が病院等に勤務しているほか、三五〇名近くの入院患者がいてその約九割が老人患者である)の経営に与える打撃、それに伴う社会的影響等をもあわせ考慮すると、本件につき被告人に対し懲役刑の執行を猶予するのを相当とするとまでは認め難く、実刑に処するのも止むをえないところであるが、原判決の前示量刑は、懲役刑の刑期及び罰金額の点において、重きに過ぎるものと認められる。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決が認定した事実に、その挙示する法条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官家村繁治 裁判官田中 清 裁判官久米喜三郎)

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